【寄稿№96】私と「入ってはならない公園」1/2 | 茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 【寄稿№96】私と「入ってはならない公園」1/2




    <2026.10.21寄稿>                                            
    寄稿者 たぬきち

    私は温泉町で祖父が経営する港前旅館で生まれた。戦争中には海軍御用達で儲かっていた祖父の旅館も、戦後はどうにもやって行けず、祖父は旅館を売って駅近くの赤線街で公認の売春宿兼住宅を購入し、一家でそこへ移り住んだ。「市長も警察署長も『ポンゆう(朋友)』(祖父はこの言葉が好きだった)だから、簡単に営業鑑札がもらえたのだ」と、祖父は自慢していた。
    工事人たちがやってきて、ガラガラとパイプのようなものを取り出し、組み立ててゆくとそれが文字になり、お店(と呼んでいた)の屋号を表していて、それが点灯するとまるで夢のように美しかった。私はそのネオンサインの文字が読めて得意だったが、あとになってお店の屋号はちっとも思い出せない。大人たちに尋ねても、戻ってくるのは旅館の屋号ばかりで、どうやらこれは我が家の黒歴史ということらしい。
    「お店」の向いは同業の「お店」ではなくて、おばあさんの駄菓子屋だった。するとここにも子供もいたのだろうか。姿を見たり一緒に遊んだ記憶もない。その駄菓子屋に相撲の番付を模した「くじ付き」の甘納豆が売られていて、「ハズレ」ばかりを引いた。あまり何度も通うので、祖父が「一体何をやってるのだ」と、私に同行し、「ばあさん、それを全部売ってくれ」と言って戻り、「自分で好きなだけ引いてみろ」というので引いたら、大きな甘納豆入りの袋が当たる「横綱」は含まれていなかった。「ギャンブルとはそういうものだから、おまえは決して手を出してはならん」と、博打好きの祖父は言った(教えは守った)。
    近くに同年輩の友達もなく、私に許された行動範囲は、お店の前の通り先の公園入り口まで。けれども、公園には絶対に「入ってはならない」。昔の大人の命じることに対して、子供は「なぜ?」と理由を問うことは許されていなかった。とことこ公園入口まで行くと、公園のすぐ内側右手に鳥かごを模した巨大な鉄製の檻があり、天井近くには小鳥が飛び交い、真下の池にはおしどりが泳いでいる。反対の左手には、お地蔵さんの小屋みたいなこれも小さな鳥小屋があり、暗くしてあってフクロウのつがいがじっと止まり木にとまっていた。こわごわ覗いて見ると、一羽がパッと片目を開け、私はギョッとしてよろよろと「お店」まで逃げ戻るのだった。
    ある日の夕方、父が商店街の向こうまで行かなくてはならず、それには私を連れて行くからと、母の手で外出着に着替えさせられた。父は旅館の一人娘の母のもとへ婿養子に入ったのだが、旅館がなくなり市役所勤めをしていた。その仕事の用事で出かけるのにどうしても私が同行する必要があるという。観光地の繁華な商店街を行けば、しつこい客引き達が待ち構えている。けれども、暗い裏道はまだこの当時とても危険が潜んでいるという。なにしろ当時の客引きときたら、酔客を数人がかりで担ぎ上げ、旅館の浴衣は脱げかかり下駄は片方落としたままで、ワッショイワッショイと酒場へ投げ込むような乱暴さだった。だが子供連れは相手にしない。
    夜の商店街のメインストリートは眼が眩むような輝きに満ちていた。当時の記憶では、私の「お店」がある通りは屋根がなく、この商店街の通りにはアーケイドが付いていたみたいだが、それはもっと後年のことだった。父と私の前に、観光客でない男たちが現れてはスッと身を引いて消える。にぎやかな明るみを過ぎた所で、スイッチを切ったように記憶が失せ、また商店街の輝きに戻ってきたところからスイッチオンになる。商店と商店の間の狭いスペースに、傷痍軍人(しょうい・ぐんじん=戦傷の元兵士)が座り飯盒(はんごう)を置いて喜捨を求めている。海軍航空隊の基地勤務だった父は、彼の軍帽の記章が桜(陸軍)でなく錨(いかり=海軍)なのを見ても知らん顔で、なにやらぶつぶつ言いながら私の手を引っ張って通り過ぎて行く。
    私が歩きやすいようにと、父は自分が左側、私を通行人の少ない右手中央寄りにして歩き続けていたのだが、出口に近くなったところでつと立ち止まり、私を左側へ移すのだった。左端は、商店の陳列台があったり、商品を確かめる観光客や談笑する地元客の大人たちでいっぱいで、子供には歩きにくい。前方を見ると、通りの真ん中に上野の西郷さんの銅像みたいな風体の男が立ち(西郷さんを知るのは後年)、腕組みしてニヤニヤ笑いながら通行人を眺めている。父は私の背中を押すようにして、そっと男の後ろを通り過ぎた。そして身をかがめたそのままの姿勢で、私に向かって、「あれは『人斬り〇べえ』といって、双子の弟がいる。腰に差しているのは、木刀ではなくて『仕込み杖(しこみづえ)』で、中身は日本刀だ。おまえは、決して近づいてはならない」と言った。幼い私のことを、父がまるで少年のように扱ってくれたので、なんだか自分でも急に成長したような気になって、私はぐっと背筋を伸ばして商店街をあとにした。


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