思うところ160.「回顧録Ⅱ(先着順受付)」 | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 思うところ160.「回顧録Ⅱ」




    <2023.12.1記>
    前回のコラム(№159)で語った新築マンション完成在庫一掃作戦の終盤(1990年代半ば、霜月から師走に掛けて)、建前上は売れ残り2現場を完売した「ご褒美」として、そうではない手付かずの(=価格未発表段階の)新築現場を管理職1名、営業職は私と後輩の若手2名だけで任されることになった。新規発売の現場に僅か3名の販売体制で臨むことに実務を知る誰もが疑問を感じた。実態としては最低限の人件費と広告予算で短期完売することができるか否かが試される実験的な特殊任務だった。なぜなら、総戸数が14戸(7階建・1フロア2戸)で売上規模があまりにも小さかったからだ。バブル経済は崩壊の一途、デフレスパイルの渦中にあって多くの事業主(分譲会社)のプロジェクトが発売時の実勢価格だと不採算となる深刻な事態に陥っていた。当然に別棟の販売事務所やモデルルームを設営する経費の余裕などあろうはずもない。資金回収を優先するあまり、それまで「青田売り(=未完成販売)」が常識とされた不動産業界に実物を見せて売る「完成販売」が経費削減、販売促進、紛争防止効果のある販売手法の一つとして定着する兆しがあった。

    しかしながら、不動産不況下の集客難。チラシ投函以外の広告(当時は紙媒体が主流)を殆ど実施しないから来場者(見学者)は物件を起点に徒歩圏の近隣住民だけだった。もっとも、実物見学希望者に3組以上同時来場されると案内要員不足で販売体制が崩壊する懸念もあったのでそれで良かったと思う。約3週間の実物見学期間を経て(先着順受付開始日の前日時点で)購入に前向きなお客様は13名。問題はその全員の購入希望住戸が5階以上の6戸に偏っていたことだった。(特に最上階の東南の角部屋を第一希望とする人が3名集中)その原因は低層階(3階以下)の前面に3階建の古家があって圧迫感があり、4階以上に比べると3階以下の日照・眺望が明らかに劣っていた為だった。(勿論、相応の価格差は付けてあった。)眺望が(ほぼ)抜ける4階であっても将来に渡って眺望・日照の維持が確約されるものではなく、売れ行きに確信を持てないグレーゾーンだと分析していた。また、日本人は無意識の内に四(し)で始まる部屋番号を避ける傾向もあるから5階以上に選択肢がある限りは妥協して貰えないだろうと予想していた。完成販売の場合は実際の日照・眺望を確認して比較検討されるのでありのままが評価される。幸いにも全住戸(2タイプ)がほぼ同じ面積、かつ「南・東」と「南・西」の違いはあれど全戸が主開口を南向きとする角部屋だったので面積と間取りの優劣は大差無かった。(だからこそ上層階に人気が偏っていた。)

    先着順受付の当日、予想通り上階から順に購入申込を受け付けることになった。やはり、4階以下の住戸からお客様は購入の決断を迷う。午前10時から受け付けて午後4時過ぎまで休む間もない接客、隙間時間で検討客の呼び込み(来場喚起の電話フォロー)をした。見込客の来場があれば商談順位に従って住戸を選定して貰い資金計画に問題が無ければ購入申込手続きに移る。中には決断を迷うあまりに実物の日照・眺望を再三確認したがって次順位の申込者を苛立たせる人もいた。希望より階下の住戸に妥協することの提案・説得を重ね、計13名の申込手続きが完了した時、見事に展示用の価格パネルにお祝いの赤いバラが13個付いていた。

    日没寸前、ようやく休憩を取りながら、あと1戸で即日完売を逃したことを3人で悔しがっていた雑談中だった。その時、エントランス付近に出しておいた看板とのぼり(「先着順受付中!」の旗)を見た近所の男性がふらっと入って来たのである。「もう全部売れちゃったの?」その男性は初めての見学にして最後の1戸、まさに仮設の販売事務所としていた住戸そのもの(専用庭付1階住戸)に即断即決で購入申込をしてくれたのである。先着順受付開始日当日に「残1戸!」の歴然たる事実がその人の背中を強く押したのだと思うが、我々の労に報いる「神風」が吹いた気がした。帰り際、戦友となった3人で打ち上げ代わりに飲んだ立ち飲み屋のホッピー(安酒の代表格)がなんと旨かったことか。

    結果としては、総来場者数僅か30組程度(興味本位の参考見学者を含む)、購入検討者14組の母数で総戸数14戸を売り切る奇跡の即日完売プロジェクトとなったわけである。(コラム№5「歩留」参照)だが、それが奇跡的であったことを知る者は少ない。先着順受付による「即日完売」の結果のみを以て判断する管理部門の反応は「ちょっと安過ぎたかな?」だった。現場の苦労を知らない者にいくら説明しても無駄、過剰な自己アピールと勘違いされかねないと感じて「そうですね。」とそっけなく受け流しておいた。だが、断じてそんなことは無かった。多くの販売現場を経験・分析した私が過去を振り返り相対比較して言うのだから間違いない。尋常ならざる営業努力して即日完売させても「安過ぎた。」と言われる。きっと、売れ残れば「営業努力が足りない。」と非難されたことだろう。この現場の経験を以て新築販売部門が抱える士気低下の原因が何であるのかを垣間見た気がした。

    皇族・華族以外で我が国初の国葬となった傑人、山本五十六元帥海軍大将の金言を紹介しておきたい。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず。やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず。」


このコラム欄の筆者

齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)

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