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  • 思うところ80.「音」





    <2020.7.15記>
    今回のテーマは、不動産に纏わる「音」について。「音」の感じ方には個人差があり、時として思わぬ騒音問題に発展する。さて、私の体験談を全て書こうにも本コラム紙面枠では全くもって足りない。また、宅建業法上の守秘義務もあって多くを語ることはできない。よって、ある大手不動産会社(新築分譲部門)の管理職(以下「A所長」)が体験した騒音問題を代わりとして取り上げてみる。

    不動産会社の終業時刻は往々にして遅い。ある年晩秋の夜道で起った突然の出来事だった。完成販売をする大規模マンション(総戸数400戸超)の営業所(販売物件に近接するマンションパビリオン)から最終退室者となった所員数人が駅に向かって5分も歩いた頃だろうか。帰宅の途にある営業マンB君を発見するや、凄い形相で近づくCさんがいた。(Cさん=B君が契約・引渡を担当した買主)そのCさん、B君の胸座を掴みかからんばかりの勢いをもって「上階の音がうるさい!何度咎めても改善しない、何とかしろ!」と路上で人目も憚らず大声で喚き立てる。(B君は突然のことに驚き顔面蒼白)その時、少し前を歩いていたA所長は異変を感じて引き返し、B君・Cさんの問答に割って入った。「販売責任者のAです。お話を聞きましょう。」上司として看過できない場面であることは勿論のことだが、分譲中のマンションが風評被害に遭うことを恐れたのが彼の本音だろう。A所長は、B君に代わって罵声を浴びながら、「上階との騒音トラブルを何の罪もない販売スタッフ(B君)に八つ当たりするなんて非常識な人だなぁ。」と心の中で呟いていた。A所長の努力も虚しくその脇を近隣住民が何事かとジロジロ見ながら通り過ぎて行く。

    A所長は、Cさんが怒鳴り疲れるのを見極めてから「明日、Bを連れてご自宅を訪問のうえ、奥様から改めて詳しい事情を伺うことをお約束しますから、」と仕切り直しを提案して何とかCさんを宥めた。この手の紛争で重要なのは客観的事実を積み上げて全体像を把握することである。コラム№54でも述べているが、騒音問題は上階が原因と決めつけてはいけない。Cさんに詳細を尋ねても「俺は日中(仕事で)不在だから知らん、家内が騒音で悩んでいるんだ。その事実だけで充分だろう!」と激高収まらず、問題の本質に不透明さを感じたことも被害者である奥様への面談を申し入れた理由の一つだった。偶然にもCさん住戸の上階に住まうDさんは、A所長自らが契約を担当した買主である。Dさんご夫妻がとても良識ある人だと感じていたA所長には、どうしても腑に落ちないものがあった。何度咎めても改善しない?ピアノ(楽器)演奏か?子供の足音か?うるさいといっても乳飲み子(0才児)だ。夜泣きならCさんも聞いているはずなのだが・・・。

    A所長は、Cさん宅を訪問する前に、それとなくDさんに接触を試みた。差し障りのない会話をする内、A所長が探りを入れるまでもなく、Dさんの方から悩みを打ち明けてきた。Dさん:「最近、階下のCさんからの苦情が多くて・・・。うるさいと怒られても心当たりが無いし、床にコルク製の床材を上貼りして努力はしているんだけどね。」Dさんの疲れ切ったその表情に引越し疲れとは異なる痛々しいものを感じた。

    あらゆる事態に備えてA所長は顧客カード(初来場から契約までの接客内容の記録)と管理台帳(契約内容を整理したもの、顧客属性も記録されている。)を頭に叩き込んでからB君と共にCさん宅を訪ねた。Cさんは、大企業系列子会社の取締役(本人50代後半、奥様は専業主婦)である。「職場では、あの調子で部下を叱るのだろうか。」そんなことを思いながらCさんが同席しないことにA所長は、(おそらくB君も)少し安堵していた。Cさんの奥様(以下「奥様」):「本当に困ったものよ。上の人、」B君から報告を受けていた通り、口調も穏やかな上品な方であった。A所長:「どの様な音が気になるのでしょうか。」と単刀直入に尋ねた。奥様(怪訝そうな顔をして上階を指差しながら、):「これよ、これ、この音よ。」A所長(耳を澄まして):「ん、B君、君は聞こえるか?」B君:「いえ、私には何も・・・。」A所長とB君は思わず顔を見合わせた。その時奥様は激しく動揺したのだろう。「えっ?この音・・・。」その瞬間、淹れたてのコーヒーを差し出そうとする手が凍りついた様に止まり、暫しの沈黙の間、その震える手がソーサーから離れるまでカタカタと小刻みに音を立て続けた。

    その「騒音」が奥様の心因性の「幻聴」なのか、超人的な「聴力」の為なのかは定かではない。だが、その一瞬で奥様は悟ったようである。(必死に騒音問題から話を逸らそうとする不自然な態度から心当たりがあるものと推察できた。)きっと、(仕事疲れでへとへとの)Cさんが帰宅するなり、(毎晩のように、延々と、)愚痴を溢すことが無くなったのだろう。Cさんの常軌を逸した言動からして、彼もまたノイローゼだったのだと思う。「愛妻の愚痴」という「声音(こわね)」に毎晩悩まされていたのだ。その日を境として、Dさんに対しても、B君に対しても、苦情が申し立てられることは一切無くなった。


このコラム欄の筆者

齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)

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