思うところ161.「回顧録Ⅲ(泊まり込み)」 | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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    <2023.12.12記>
    前回、前々回のコラム(回顧録Ⅰ、)で語った小規模な新築分譲マンションの完成販売現場の舞台裏のお話。時は1990年代半ば、師走の今頃(12月半ば)のとても寒い週末だった。その週末が購入申込の先着順受付開始日だったのだが、図らずも私は前日から一睡もせぬまま棟内の仮設事務所に待機して上司と後輩の出勤を待つことになってしまった。それは今時のコンプライアンスに照らせば褒められるどころか「無断残業・無断出勤」のお咎めを受けかねない独善的な行動だった。

    翌日の先着順受付(早出)に備え、前日は上司との申し合せにより早めに帰宅したから冒頭の話と表向きは矛盾する。実は帰宅途中に「嫌な予感」がして現場に引き返したのである。やはり私の予感は的中していた。仮設事務所入口付近に寒風に晒されて震えながら待つ3人ものお客様がいたのである。私が気掛かりだったのは、「最上階東南の角部屋限定!それ以外は買わない!」と宣言していたお客様の動向だった。「商談順位1位を確保するにはどうすれば良いのか?いつ並べば1番なのか?」先着順受付開始日が近づくにつれ、何度も同じ質問をされていたからである。想定外の順番待ちに対して明確な定めなど無かった。(予約を受け付ければ先着順ではなくなってしまう。)前回のコラムに書いた通り、購入検討者はその地域に住まう最大でも13名に過ぎず、バブル期と違って泊まり込みをしてまで買い求めるような過熱した販売状況ではなかった。また、多少の厚着をしても屋外で一晩耐えられるような気温でもなかった。

    では、なぜ想定外の事態となってしまったのか。それは一人のお客様のあまりにも熱意ある行動が引き金(発端)だった。最上階&東南の角部屋に拘る余り、息も凍る前日夜間(20時頃)に小さなパイプ椅子を持ち出して座り込みを始めたのである。他の検討者も近隣にお住まいの人は帰宅途中にそれを目撃する。(又は家族・知人からそれを耳にする。)「この物件はとんでもない人気物件なんだ!」後列のお二人はその様に解釈したらしい。総来場者数や検討者数を知る由もないお客様の側からして見れば、バブル期の人気マンションの販売現場ではお馴染みだった長蛇の列の光景が脳裏に焼き付いていたのかもしれない。

    私はその状況を遠目に確認すると敢えてお客様とは接触もせずに一旦帰宅した。仮設事務所のエアコンは執務スペースに1基付いていたが沢山の個人情報が保管されているし、ホワイトボードに社外秘の色々な書き込み(来場者分析・個人情報等)があるからお客様を部屋の奥に入れるわけにはいかない。部屋の隅々まで温めるにはあまりにもパワー不足だった。何らかの暖房器具が必要だったのである。帰宅するなり急いでシャワーを浴び、カセットコンロと大鍋、オイルヒーター、毛布を愛車(かなりのボロ車)に無造作に積み込むと首都高を駆って現場に戻った。(首都高を降りてから缶コーヒーや甘酒も仕入れた。)

    「何はともあれ中に入って下さい!」私は震えるお客様と4人で仮設事務所に雪崩れ込み、廊下に椅子を出してそれまでの順を守って腰掛けて貰った。また、エアコンのパワー不足を補うべく、持ち込んだオイルヒーターを作動させ、少しでも暖を取って貰おうとカセットコンロで湯を沸かして缶コーヒーや甘酒を入れて温めた。温かい飲み物を口にすると雪山の遭難者が救護された直後に見せるような安堵の表情を皆が浮かべていた。(熱湯で加湿しながら室温を上げ、飲み物で体の芯から温まる。我ながら「Goodアイデア!」だった。)

    組織人としては、「危うきに近寄らず」と考えるのが処世術というものなのだろう。勿論、「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」の重要性は充分心得ていた。だが、相談しても就業規則に従えば解決策など見つからず、「関与するな、(お客様の自己責任)」との事勿れ主義的な模範解答が私をより窮地に陥れたと思う。もっとも、会社支給の携帯電話など無く、皆がそれを持つのが当り前になる直前の時代であり、上司が個人的に持っていたPHS(第二世代デジタルコードレス電話)の番号すら知らなかった。(平成初期はポケベル世代!)今では想像できないかもしれないが上司の携帯電話に業務連絡すること自体が憚られた時代でもある。そんな事情もあったが何よりも実質的な現場責任者は自分であることを自覚していたからこその行動だった。

    私の行動は組織人としては問題があったことも自覚している。だが、想像して貰いたい。もし、低体温症の救急患者が出ていたら翌日の現場運営がどうなっていたものか。人命に関わる想定外の事態が発生した時、ステレオタイプのマニュアルなど通用するものではない。自己犠牲を伴うファインプレーはとかく理解されないことが多いのである。なぜなら誰にも知られぬよう事件・事故を未然に防ぐから。悪びれずに申し上げると悔やまれる反省点は唯一つ、ラジオを持ち込まなかったこと。せめて気の利いた音楽かトーク番組でも流しておきたかった。疲れ切って俯くお客様が無言の内に「もっと良い販売方法は無かったのか!(真冬に先着順受付?)」と私を非難している気がして夜明けまでの静寂の空間がとても居心地悪く、時が止まってしまったかのように長く感じた。

     


このコラム欄の筆者

齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)

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