<2025.5.1記>
平成生まれ以降の若者には信じ難いことかもしれないが昭和40年代までは真夏でも扇風機と団扇で涼むのが当り前の庶民感覚であり、エアコン(Air conditioner)を必需品と考えることは無かったと思う。昭和30年代初頭に庶民が我先にと欲した家電は「三種の神器」と称された冷蔵庫・洗濯機・掃除機であり、暫くして掃除機が白黒テレビと入れ替わるもエアコンは羨望の的以上の贅沢品だった。
当初は暖房機能が無かったことからエアコンとは呼ばれず、昭和30年代後半になって富裕層から徐々に普及し始めた「3C」の一つに通称:クーラー(Cooler)の名でようやく登場する。因みにその魅惑の耐久消費財「3C」の残る2つのCとは、カラーテレビ(ColorTV)と自家用車(Car)である。当時は今直面する深刻な地球温暖化など微塵も予測できておらず、まさか熱中症で生命が脅かされる時代が到来するとは誰も思っていなかった。「ALWAYS三丁目の夕日(西岸良平原作の漫画を映画化)」を観て時代考証してみると良い。商店街の背景に映る建築中の東京タワーが好景気に沸く日本の高度経済成長期を象徴しており、其処にはクーラーに頼らずとも逞しく元気に暮らす日常が本当にあったのである。
よって、前回のコラム(№193)で私が問題視したエアコン用スリーブ(以下単に「配管穴」という。)が無い程度の問題は目くじらを立てて設計ミス云々と騒ぎ立てる程のことではなく、昭和40年代築までの分譲マンションに見られる然程珍しくもない欠点の一つである。それに致命的な欠陥とまでは言えず、幾つかの解決策もある。当時の不動産業界の先見性の欠如は至極残念に思うが、マンション分譲事業の黎明期にあって業界全体の商品企画力が未熟だったから情状酌量の余地はあるだろう。建築士に悪気は無かっただろうし、手抜きの類いとは思えない。あくまでも時代と共に常識の方が変化したのである。
解決策は自然給気口を配管穴に転用するのが最有力案となるだろう。但し、自然給気口を全部使ってしまうと吸気不足に陥る可能性がある。エアコンから「コポコポ」と異音(≒言うなれば、エアコンの咳)が発生したり、レンジフードが煙を吸い込まなかったり(≒言うなれば、レンジフードのストライキ)するならば、真っ先に吸気不足を疑うべきである。その時は窓を数㎝幅で良いから開放すれば直ちに改善する。人は空気を吸わなければ息を吐くことはできない、息を吐かなければ空気を吸うことはできない、それと同じ理屈である。
転用できる自然給気口が足りないならマルチエアコンを採用するという妙案もある。それならば室外機1基(=配管穴1箇所)で室内機2基を稼働させることができる。但し、量産品2基の総額に比べて価格が馬鹿高い!それに室内機1基が故障すると残る1基も稼働しなくなる。危惧すべきは修理費の高額負担のみならず、真夏でも真冬でも2室同時に空調が停止する可能性があるということである。尚、加湿機能付エアコンは加湿ホースが加わる分、配管穴の口径が少なくとも65㎜以上必要になるから買う前にその機種の設置が可能か十分な現地調査を行なう必要がある。余談となるがお掃除機能付のエアコンは清掃作業の手順が増える分、(お掃除のプロに頼む時は)清掃代が割増し料金になることを知っておかれると良い。要するに高額商品にもあまり知られていない弱点があるということである。
配管穴が無いことの問題は、窓用エアコンを採用することによって解決することもできる。壁用エアコンと違って室内機・室外機の一体型であるから室外機置場も不要だし、室外機が不要と言うことは配管穴も不要と言うことでもある。但し、窓の開閉が制限されるうえに眺望も一部阻害されてしまって見た目が宜しくない。何と言っても壁用エアコンに比べて空調の性能が格段に劣る。だから、狭い部屋限定(リビング・ダイニング以外)の解決策(適するのは4.5帖~6帖程度、最大でも8帖迄)と考えた方が良い。それと稼働音が煩わしいから音に敏感な人にはお勧めしない。
そこで究極の選択となるものの、根本的な解決策と成り得るのが「コア抜き」である。コア抜きとは壁に穿孔機(コアドリル)で穴を開けること。何故「究極の選択」と前置きしたかというとそう簡単にできるものではないからである。まず、その費用負担はやむを得ないとしても賃貸物件であれば貸主に無断で壁に穴を開けるわけにはいかない。区分所有物件ならば貸主の承諾が得られたとしても管理組合から工事の承認が得られるとは限らない。管理組合が工事を承認しても不適切な工事をすれば躯体内部の鉄筋を切断してしまう恐れがある。管理組合の役員はコア抜きを無秩序に認めれば建築基準法に定める構造強度を下回ってしまう恐れがあることを十分理解したうえでその可否を判断して貰いたいものである。
果たして「コア抜き」が文字通り立ちはだかる障壁に風穴を開ける打開策(突破口)となるかは分からない。口径不足の取るに足らぬ与太話と揶揄する声があるかもしれない。それでも読者がこの手の困難に直面した時に本コラムで紹介した豆知識がほんの小さな解決の糸口にでもなるのなら、それは筆者にとって大変光栄なことなのである。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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