思うところ167.「借地借家法」 | 東京駅・茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 思うところ167.「借地借家法」




    <2024.3.12記>
    民法の特別法として位置付けられる借地借家法(以下単に「現行法」)の源流は明治42年施行の「建物保護法(建物保護ニ関スル法律)」、及び大正10年施行の「借地法」と「借家法」にある。つまり、圧倒的に地主・大家(貸主)の立場が強く、社会的弱者であった店子(たなこ=「借主」)を手厚く守らねばならなかった時代(戦前)のとても古い考え方が根底にある。ところが今となっては賃貸需要の希薄なエリアの貸主などは、抱かれがちな左団扇で踏ん反り返る高飛車なイメージと異なり、ややもすると「お借り頂く」といった弱い立場、借入金の返済に追われる側であることも珍しくない。それにも拘らず、3ヶ月未満の家賃滞納程度では明渡し訴訟も儘ならないし、借主が家賃不払いのまま夜逃げしたとしても民法には「自力救済の禁止の原則」があって残置物を勝手に処分することはできない。(≒新規募集ができない)また、貸室内で孤独死があっても自然死なら当事者の過失は0(自己の死は予見できない)であるから損害賠償請求は難しい。そのうえ、建物が著しく老朽化しても契約解除の正当事由とは容易に認められない。相続時においては、相続人が支払い困難な多額の税金を納めるべく対象不動産の売却を試みるも賃貸借が取引の重荷になることが往々にしてあるし、その附着権利があっては国は物納すら認めてくれない。精神的にも金銭的にも追い詰められる家主を気の毒に思って(弁護士資格を持たない)不動産業に携わる者が一肌脱いで明渡し交渉をしようものなら、非弁行為をする悪徳業者だと非難されて共に窮地に立たされることになりかねない。(弁護士法第72条)

    コラム№151(強制執行)でも述べたがレバレッジ経営を信奉する多くの投資家(貸主)は、できる限りの借金をして賃貸用不動産を取得している。「不動産」は貸しているが「お金」は借りているわけであるから、長期空室や家賃滞納は返済原資が枯渇しかねない不測の事態に他ならず、賃貸経営上とても困るのである。勿論、都心部の商業系一等地を無借金のまま相続したような地主系の貸主(入居希望者が引く手あまたでお金に困っていない貸主)ならばともかく、「貸主(大家)=社会的強者」と決めつけるのは今や時代錯誤であり、不動産の需要と供給のバランス、言うなれば「物件力」と「資金力」によって貸主と借主の立ち位置は千差万別であるのが実情と考えた方が良い。そして、その比類無き「物件力」さえも時として立退き交渉の場においては(代替不動産が無いから)大きな障害となるのである。

    時代考証の裏付けも無く私の勝手な憶測に過ぎないのだが、借主をそこまで手厚く守らねばならなかったのは戦争が影響を及ぼしていたのではないかと思っている。明治期の富国強兵策の流れの中、徴兵制(明治6年~昭和20年)に抗うこともできずに命を懸けて戦地に赴く国民が命辛々生還した時に、(大家・地主に取り上げられて)住む家が無い、田畑が無い、店舗が無い、工場(こうば)が無い、では怒りの矛先が政治の中枢に向くと考えたはずだ。自ずと為政者(達)は借家人、借地人、小作人の手厚い保護を政策の全面に打ち出さざるを得なかったのではないだろうか。現行法はその民法典の流れを汲むものと私は見ている。それが本コラム冒頭で「源流」なる表現を用いた所以である。

    誤解されること無きよう当社の立ち位置を表明しておく。私は貸主と借主の間柄はあくまでも互いに「カウンターパート(対等の立場の相手)」であるべきだと思っている。当社は依頼主の意向に寄り添うことを心掛けているだけであって常に中立の立場にある。事実、当社が貸主であることもあれば、当社が借主であることもあるし、仲介業務においてはどちらか一方に偏った判断をすれば商談は纏まらない。その中立の立場の当社を代表して現行法の歪みについて物申しているのである。

    時代は大きく変わった。特に事業用賃貸物件については、現行法が過剰な借主の保護となって市場を歪ませている。建物が古いからといって格安で借り受けた店舗・事務所の借主が法外な立退料を請求するのは甚だ疑問である。入居する事業者は契約した時点で近い将来には建物が限界を迎えるであろうことは容易に予見できたはずだ。また、事業者は誰に言われるまでもなくそういった危機管理に長けていなければならない。勿論、貸主もそれを見越して定期借家制度成立(平成12年3月施行)以降は募集賃料の値下げを余儀なくされたとしても、新法(所謂「定借」)を用いて契約を締結すべきだったことを深く反省しなければならない。尚、借主が立退料に代えて同等に格安の代替店舗の提供を要求することもあるが、とても現実的な解決策とは思えない。それまでは建物が古いからこそ好立地の物件を格安で借り受けることができたのであって普通借家契約で借り受けることが可能な築浅の店舗を同エリアの同規模でかつ同等に格安な賃料設定で提供できるはずがない。

    私は現行法につき、少なくとも2点は大きく考え方を修正すべきと思っている。1つは、①建物老朽化が原因で②支出(建物維持管理・修繕費)が収入(家賃)を一定期間・一定比率で上回る時、③その事実を客観的に証明可能、の3項目が揃うならば「経済的合理性の欠如」を以て貸主が主張する契約解除の「正当事由」に該当することをすみやかに認めることだ。建物老朽化の程度が契約解除の正当事由に該当するか否かの不毛な議論に建物診断の門外漢である弁護士を交えて無駄な時間と労力を費やすよりも、素直に建物の賃貸借が経済的合理性を失っているかどうかで判断すれば良いと思うからだ。現実には雨水の浸入経路が特定できずに雨漏り専門業者でさえも補修をギブアップすることが多いにも拘らず、その様な実態を判例にばかり拘って裁判官は一向に理解しようとしない。

    もう一つは、不動産鑑定士の作成する「立退料鑑定書」に頼ることなく立退料の上限を明確にすることだ。「建物の定年制度」とでも称すべきだろうか。まず、貸主の責任・負担が減免される築年(私案:非堅固な建物は築30年、堅固な建物は築60年)を予め明確に法で定め、その築年を超えて貸主が契約の解除を申し出る時に限っては契約期間と賃料のみで立退料の上限を決めておいた方が良いと思う。仮に移転難度の高い用途(飲食店舗等)であっても2年更新の普通借家契約なら賃料24ヶ月相当額を立退料の上限(私案:用途が事務所の時は12ヶ月、用途が居住用の時は6ヶ月が立退料上限)とするのが妥当と考える。それならば建物の老朽化を勘案して格安賃料で貸したとしても万が一の立退料の支払いが軽減されて貸主が報われる。建物の限界が近い築古の建物はその覚悟をもって借り受けるべきだ。現在は築年と無関係に立退料の上限が無いからこそ泥沼の紛争に発展しやすいのである。造作・設備の買取請求権の有無や原状回復義務については、改正民法(第521条・第522条)に明文化された通り、民法の基本原則(契約自由の原則)に則って原契約で明記することを行政が指導(啓蒙)すれば良い。そういった実情に即した法整備を行うことで素人大家を狙った立退料の奪取が目的の不遜な輩達も排除できるようになるだろう。

    ある大家さんが好立地の戸建(古家)を長期空家にしているのを見るに見かねて有効活用を提案したところ、「貴方が全額費用を負担して家を修理してくれるなら然るべき期間の家賃はいらない。」と言われたことがある。事情を聞けば、その昔に借主と揉めに揉めてとても苦労したそうだ。だから「賃貸借」はこりごり、「使用貸借(=借地借家法の適用外)」の方が良いと。社会的弱者を保護すべき現行法が不動産の流通を阻害(借りられない)、街の為にも活用すべき不動産をあばら家にして放置する(貸せない)のは社会的損失に他ならない。そんな馬鹿げた話があってはならないと思う。


このコラム欄の筆者

齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)

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