思うところ216.「発想の転換」 | 茅場町・八丁堀の賃貸事務所・賃貸オフィスのことならオフィスランディック株式会社

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  • 思うところ216.「発想の転換」




    <2026.4.1記>
    本日(4月1日)を以て殆どの学校が新学期入りをする。また、4月1日を事業年度の始期とする日本企業は実に多い。7月を決算の〆月とする当社は少数派だと思うが、確定申告で多忙な時期を〆月にすれば顧問税理士に余計な負担が掛かってしまうからそうしたまでのことである。当社の事業年度の始期はともかく、入園式・入学式・入社式、どの日取りについても桜の花が美しく舞い散るこの季節こそが晴れの舞台に相応しいと大半の日本人が考えているのではないかと思う。だが、農耕民族であった日本人ならではの規則性かと思いきや、意外にも3月を終期、4月を始期とする慣習は明治時代の国家財政の赤字転落の回避を目的とした苦肉の策がきっかけらしい。

    明治17年、富国強兵を国策としていた当時の日本国の財務基盤は膨張する軍事費の悪影響で限界に近い程に揺らいでいた。その難局に直面した大蔵卿(=大蔵大臣の前身、現在の財務大臣)松方正義が明治18年の酒造税を繰上げて明治17年度の歳入とし、明治18年度の会計を7月から翌年3月に短縮(本来の年度終期はそれまで6月末日)、明治19年より会計年度の始期を4月1日とする強引かつ大胆な荒療治で国家収支が赤字に陥るのを防いだのである。厳密に言うならば、それは防いだと言うよりも不正だと言わざるを得ない。要するに本来は赤字に転落する決算だったものを政府の都合に合わせた決算期に変更することによって黒字を演出したに過ぎない。面子を保たんとする大蔵卿や官僚達の思惑を感じなくもないがそれは経国済民の大義があっての英断だったと信じたい。もし、現代の民間企業がそれを真似すれば意図的な利益操作による粉飾決算、恣意的な不正会計処理との誹りを免れないだろう。

    軍事費で限界を迎えた明治政府舞台裏の政策秘話はさておき、私が「限界」と「期分け」の単語を併せて目にすると日本社会が今直面する建物の老朽化問題、所謂「限界マンション」に関しての忸怩たる思いが頭を擡げて自説を蒸し返してしまう。私の持論はコラム№62(提言)で述べた通りで「区分所有建物は新築分譲時に予め建替時期(敷地売却方式を含む)を定めておくべき」との主張(建替決議付管理規約の購入時承認とその旨を設定登記)である。つまり、時を迎えて本来協議すべきは建替の是非ではなく延命期間やその方法論であって建物診断結果が良好であれば「建替は決まっていることだがもう少し使える建物だよね。建替時期をあと何年か延ばしませんか?」と建設的に話し合えば良いのである。勿論、建物の延命を実現する為には修繕計画の追加立案とそれに伴う修繕工事費の一時負担金に対する管理組合員の覚悟を問うことも欠かせない。(総論賛成でありながら各論反対では建替延期決議の意味を為さない。)その上で区分所有者及び総議決権の5分の4以上の賛同が得られないならば予定通り建替(拠出金の支払いや仮住まいが困難な人は割り切って土地持分を他に譲渡)、又は管理組合が一丸となって敷地売却(敷地売却方式の方が現実的選択)すれば良いのである。(そうでないと建替の賛否両論がいつまでも平行線のままになる。)

    企業に定年制度があるように建物にも定年制度があれば、建替時期を勘案した無駄の無い適度な修繕計画を立案できる。徒に過大評価されることも過小評価されることも少なくなって健全な中古市場が形成されるようになるだろう。巷ではネット銀行・ノンバンクを中心に建物の老朽化と担保力を無視した超長期の過剰融資が散見されるが人為的に流動性を高めて中古市場を歪めてはならない。融資審査の緩さは業界人として時には頼もしく思うことさえあるが同時に過剰な債務は将来的な火種(建替・敷地売却の障害)になりかねないことを危惧もしている。「建物に永遠は無い」という現実に目を背けずに建替時期を明確にすれば不動産取引に不慣れな情報弱者であっても安直な融資に踊らされて無謀な借金をすることは無くなるに違いない。それにあと何年現状のまま其処に住めるのかが分かっていた方が住まいに関する人生設計も容易になる。また、貸す場合においても定期借家契約を前提とした募集活動が促進されて立退き問題も少なくなるだろう。建替を「話し合って決める」という聞こえの良いルールが今むしろ混乱を招いている。相続問題と同じく「予め定めておく」ことを以て将来(次世代)の紛争を少なからず抑止できるのではないだろうか。建物定年制度が定着すれば、我欲のぶつかり合いとも言える怒号飛び交う建替協議をしなくて済む利点が何よりも大きい。


    建物定年制度に併せて建替時期の期分け(仕分け)についても所見を述べておきたい。建物の仕様と長期修繕計画の内容によっては建替時期は新築当初から60年、70年、80年目と異なっていて然るべきだと思うのである。今の建築技術をもってすれば分譲時に建替時期を築100年目と定める高耐久仕様の区分所有建物があっても良いと思う。要するに建替時期に応じた耐久性と長期修繕計画が備わった建物である整合性が重要なのであって計画通りの修繕が実施される限りにおいては例外的な建物の長期使用収益を認めても良いと思うのだ。例えば、高価で加工が難しくとも腐蝕しないステンレス管を共用管に多用(又は画期的な建材の発明品があればそれを採用)、100年コンクリート(最大で1㎡あたり約3,000tもの圧力に耐える強度を持ったコンクリートのこと)を採用した超高耐久性と超長期修繕計画が備わった建物ならば建替を築100年目と定めても何ら違和感は無い。分譲価格は跳ね上がるだろうが建物の耐用年数で考えればコストパフォーマンスは然程悪くないはずである。

    建物耐用年数の仕分けが制度的に可能になるならば、金融機関の硬直化しつつある現行の融資審査のあり方にも物申しておきたい。堅固な建物(RC造)の法定耐用年数は47年(1998年の改正前の法定耐用年数は60年)。これはあくまでも税務上用いられる指数であり、建物の減価償却期間のことであるから実際の建物寿命(物理的耐用年数)とは異なる。金融機関が法定耐用年数より融資対象不動産の築年を減じた年数を最長期間と決め付ける昨今の風潮も見直すべきだろう。堅固な建物な建物という一括りで融資期間を決めてしまうのはあまりにも稚拙な融資審査であると思う。それでは折角の高耐久の分譲仕様が何ら報われない気がする。ややもすると費用対効果を重んじるあまり施工費を極限まで削った賃貸仕様と一括りにされてしまいかねないのだ。やはり品質に相応しい評価を受けるのがあるべき姿で物理的(実質的な)耐用年数から実際の築年数を減じたものが本来許される融資の最長期間であると根本的に考え方を改めるべきだろう。

    後から話し合って決めるという現在の建替協議のあり方がそもそも間違っていたとする私の持論は果たして異端とまで言えるだろうか。天文学者コペルニクスは地球が宇宙の中心と考えられていた時代に地動説(地球が太陽の周りを回る)を唱えた。如何に正しい説であっても当時はかなり危険視される異端の発想だった。聖職者でもあった彼が若くして地動説を発表(死ぬ間際に発表、作為的?)していたら、晩年は不遇の人生(終身禁固は減刑されるも軟禁生活)を送ったガリレオ・ガリレイのように宗教裁判にかけられていたかもしれない。(事実、後にコペルニクス学説を正しいと明言した天文学者ジョルダーノ・ブルーノは火刑、哲学者デカルトはガレリオが異端審問にかけられたのを知って著書「世界論」の発刊を断念)
    それでもコペルニクス的な発想の転換はいつの時代にも必要とされる変革の志であって人類特有の能力である。進化論を唱えた生物学者・地質学者ダーウィンは「変わりなさい」とは言っていない。唯々、「生き残る者は変われる者」だと真理を述べている。


このコラム欄の筆者

齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)

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