<2025.7.1記>
コラム№10(常識)でも述べたが我々の常識など実に脆く儚いもの。リノベーション事業に携わっているとそれを痛感させられることが多い。住まい選びに関して言えば、設備・仕様・間取り・色調&デザイン等々、いつの時代にもトレンド(流行)に変化があるのは当たり前のことだと思うが基本的なことは疎か不変と思い込んでいた原理原則の類いまでもが根底から覆ってしまうことには驚かされるばかりである。
例えば浴室。不動産業界には長らく浴室に浴槽はあらねばならない、あって当然のものという固定観念があった。ところが最近では「浴槽なんていらない!」と言い切る若者が増えたように思う。そうは言っても湿気の多い我が国ではせめてシャワーくらいは毎日浴びて体の清潔を保たねばならないだろう。「シャワー室で充分だ!」と言われた方が分かり易い。だが、その言葉の通り「シャワー室の方が断然良い」という程の志向ではなく、あくまでも「浴槽が無駄!」と考える傾向があるようだ。なぜそんな風に考えるようになったのだろう。私なりに考察してみたい。
もしかすると異文化の影響が大きいのではないだろうか。多くの国では元々湯船に浸かる習慣が無い。世界的に見れば毎日のように湯船に浸かる習慣のある国は少ない。そもそも豊富な水資源と一定水準の経済的豊かさが無ければ成り立たない習慣である。湯船に浸かる習慣の有無に関しては少数派の日本に多数派の外国人の入国が急増している。きっと年間降雨量が少ない乾燥地帯の出身者には理解し難い水の使い方だろう。火山大国特有の観光資源である温泉に入るのを楽しみに来日する外国人も多いと耳にするがそれは観光目的に過ぎず興味本位に近い。移住目的にせよ、観光目的にせよ、我が国に訪れる外国人の多くは毎日湯船に浸かりたいと願っているわけではないと思う。それは靴を脱いで畳の上で暮らす和式の生活に馴染みが無いのと同じことである。気が付けば我々日本人も和式トイレの利用に抵抗感を持つようになっている。
狭小住宅(=ワンルーム等のコンパクトタイプ)の場合、独立トイレを造りたいが為の苦肉の策がシャワー室、という裏事情もある。それには洗浄便座付トイレの普及が少なからず影響しているように思う。狭小住宅に採用されることの多い3点式ユニットバス(浴槽・トイレ・洗面ボウル一体型の浴室)は感電事故・漏電火災の恐れがあって洗浄便座の設置が難しい。よって、洗浄便座を付けるには独立トイレである必要があり、その結果として浴槽が無くなる(=シャワー室になる)のは致し方ない(容認される)と解すべきだろう。幼少期に洗浄便座付トイレの利用が当たり前の住環境で育った世代に3点式ユニットバスは耐え難いのかもしれない。
因みに、その弱点に着目した大手住宅設備メーカーが3点式ユニットバスでありながら予め洗浄便座を標準装備した新商品を開発したがこれが意外にも人気が無い。(お客様に実物を見せても反応が薄い。)要するに洗浄便座の有無よりも独立したトイレであることの方に重きが置かれていることの表れだと思う。それに独立トイレであれば便器に洗浄便座を設置するか否かの選択肢ができる。浴槽がある限りそうできない狭小住宅のリフォームプランはシャワー室を次善の策(代替案)とせざるを得ないのである。
独立トイレを実現する為のみならず、室内洗濯機置場を造りたいが為に、又は独立洗面台を設置したいが為に浴槽を諦めるということもある。狭小住宅の商品企画はミリ単位で悪戦苦闘していることをコラム№21(異空間)で述べたが「何か」を犠牲にしなければならない時、その「何か」が浴槽設置の断念ということであって、ダウンサイジングされた浴槽の無い浴室が即ちシャワー室(最小タイプ:W800㎜×D800㎜)ということである。
都心部では堅固な建物が増えたことの影響も当たらずと謂えども遠からずの理由に違いない。今時のマンションなら木造住宅と違って真冬でも脱衣スペースがそう寒くはない。湯船に肩まで浸かって体の芯まで温まらずとも余程の寒がりでない限り平気なのである。そういう意味ではエアコンが普及した影響も大きいし、ペアガラスのサッシや発泡ウレタン・グラスウール等の優れた断熱材の採用が浴槽の存在価値を低下させたようにも思う。
現場の声もお届けしておこう。いつぞやシャワー室の好評に気を良くした私が「なぜ、シャワー室の方が良いの?」と入居検討者に尋ねてみたところ、ある若者(男性)には即答を以て「風呂の掃除が面倒臭い!」ときっぱり言われた。加えて「住居兼事務所にしたいから少しでも部屋が広い方が好ましい。」との補足説明もあった。(清掃の面倒は大して変わらない気もするが事務所兼用なら在宅勤務を意識した商品企画の狙い通り!)ある若者(女性)の意見は「水道光熱費が勿体無いから、」だった。(長時間シャワーを浴びる人は節約にならないと思うが、)確かに単身者が自分の為だけに毎日浴槽になみなみと湯を張るのは経済的でないかもしれない。その他には昔から「トイレットペーパーが濡れてしまいかねないのがイヤ!」との3点式ユニットバスに対する不満の声が根強い。まぁ、人知れず風呂嫌いの人もいるだろうし、評価の基準は十人十色といったところだろうか。
これからは、シャワー室が更なる進化を遂げるかもしれない。例えば、衣服の脱臭機能付きの乾燥室になるようにしたり、風圧で衣服に纏わりついた花粉を除去できるようにしたりしても良いだろう。防音機能があれば一人カラオケや楽器演奏もできるようになる。今時なら在宅勤務用の執務スペースとして利用できるようなデザインも一案か。(それなら会話が外に漏れない。)酸素カプセルやサウナ(共に疲労回復装置)としても使えたら良いかも。その人に合った薬湯や好みの香りが出る機能まであったら面白い。
私の戯言は笑わば笑うが良い。しかしながら、進化論を唱えたイギリスの生物学者(&自然科学者&地質学者、1882年没)ダーウィンは言っている。「生き残る者」は「最も強い者」でも「最も賢い者」でもない、「変化できる者」なのだと。私もそう思う。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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