<2025.10.15記>
今回のコラムのタイトルにある「消えゆく」はこの後に述べる権利証の制度廃止とその紛失の両方に紐付けた言葉である。通称:権利証は登記が完了すると法務局から登記申請者に交付される書面。所有者が誰であるかを示す大切なものであることは言うまでもない。「登記済証」「登記済証書」「登記済権利証」「登記済権利証書」と呼称にばらつきがあって紛らわしいがどれも同じものを指している。
仲介業務に携わる営業マンが売主に権利証の原本提示を求める際、その人は真顔で答えるかもしれない。「どうしよう・・・。必死に探したが権利証がどうしても見つからない!登記済証ならあるのだけれど。」実はそんな笑い話のようなやりとりが珍しくはないのである。因みに2005年(平成17年)以降は不動産登記法の改正により権利証(=文書、従前の権利証は今後も有効な証書)に代わって登記識別情報(=数字とアルファベットで構成される12桁の符号)が発行され、登記手続きはインターネットを利用したオンライン申請が可能となっている。
過去幾度となく権利証や登記識別情報通知の紛失にお客様が慌てふためく場面に遭遇してきた。紛失しないまでも司法書士の事前確認を拒否した挙句、決済当日に持参したのは単なる登記簿謄本(しかも不動産購入時の古いもの、今はデータ化されているから「登記事項証明書」と称すべきもの)だったこともあれば、権利証が先代のもの、所謂「空(カラ)の権利証」だったこともある。(見た目で「登記完了証」も混同し易い)また、権利証の重要性を認識するあまり、これだけは忘れてはなるまいと決済日前夜より玄関脇の電話台の上に置いておいたところ、出掛けには其処に置いたこと自体を忘れてしまった御仁もいた。(決済を一旦中断して売主に片道1時間半掛けてまで権利証を取りに帰宅して頂く想定外の事態)
意外と知られていないのが嘗ての権利証は相続登記完了後、法務局で一定の保管期間を経過すると自動的に廃棄されていたという事実。(あくまでも過去2件の経験知であって私が知る限りのこと。正確な規則は調査未了)相続登記を担当した司法書士が権利証の受け取りを本人(相続人)としていた場合、本人がそれを失念して期日を超過すれば法務局は職務ゆえに警告することもなく機械的に権利証を廃棄処分していたのである。司法書士に権利証の受け取りまでの全ての業務を委託、又は本人へのサポートが的確だったならその廃棄処分は起こり得ないことであったと思うが紛失・滅失は本人の単なる思い込みであって、相続登記完了後はそもそも権利証の保管をしていなかったという驚きの結末もあり得るのだ。
だが、どうか安心して貰いたい。手違いで権利証を紛失、あるいは運悪く火災で滅失したからとて不動産の所有権が失われるわけではないのである。登記上の所有者本人であることの確認手段は主に二つ。一つ目は、法務局と郵便を交わして不動産登記簿上の所有者であることを証明する「事前通知制度」を利用すること。これなら、手間と時間は掛かっても経費は削減できる。二つ目は有資格者である司法書士に「本人確認情報」を作成して貰うこと。費用は嵩むが実際の取引では即効性のあるこの手法が主流の対処法になっている。その他には、公証役場で「公証人による申請情報等の認証」をして貰うという手法もある。いずれにせよ、決済に権利証という重要書類が無かったとしてもその対処法さえ心得ていれば気に病む程の問題ではない。
随分昔の話になるが不動産を多数所有するお金持ちがほんの思いつきでその内の一つを売却するにあたり、「権利証は複数あるセカンドハウスの何処にあると思う。でも探すのが面倒臭い。金で済むならそうしてくれ!」その方は売却経費に無頓着で頑なに権利証を探そうとしない。勿論、怪しい人ではないのだが「ならば、公的な本人確認証を二種類、少なくとも一つは顔写真付きのものを提示して貰えますか?」と司法書士が丁重にお願いしたところ、「健康保険証しかないよ。海外旅行の経験は無いし、今後行く気も無いからパスポートも無い。90才過ぎの自分が運転免許証を持っているわけないだろ!」とのつれない返答。司法書士はその後も決済が完了するまで御大の我儘に翻弄されるばかりであった。因みに司法書士が本人確認情報の作成を拒むこともある。それだけリスクもあって責任重大な任務なのである。売主になりすまして他人の財産を奪取しようとする詐欺集団(地面師グループ)がいるという現実から我々は目を逸らしてはならない。
せめても権利証に関して私が提言できる改善点があるとすれば、行政・業界が一丸となって権利証の呼称を「登記済権利証」に統一するよう世間に呼び掛けた方が良いということだろうか。権利証と言うだけでは何の権利かあまりにも分かりづらいし、呼称がバラバラでは間違いのもとになる。併せて重要度が別格である登記識別情報通知の原本は登記簿謄本や登記完了証と一線を画した違う紙質と色にすること。今のようにどれもが同じような薄緑の用紙では混同し易いからだ。用紙は高強度で耐水性・耐油性・耐薬品性に優れ、環境にも優しいストーンペーパー(石灰石からつくる合成紙)を採用したらどうか。色味は平安時代においては高貴な色とされていた浅紫色(薄紫色、淡い紫色)の用紙(台紙)に変更したら良いと思う。色弱・色盲対策としては漢字で「紫」のマークを付すと良い。そうすれば、我々も電話口で「そうです!その紫色で重厚感のある書面こそが『登記識別情報通知』です。符号を伏せてある深緑のテープは今は剥がしちゃ駄目ですよ。其処には大切なパスワードが隠されているのですから、」といった軽妙な会話が成立すると思う。
さて、これは戯言に過ぎないのだが登記識別情報通知の趣旨からすれば前述「紫」のマークに代えて「見ザル・聞かザル・言わザル」のマークを採用するのもユニークで面白いし、情報漏洩の注意喚起になるのではないだろうか。その場合は「そうそう、そのお猿さんのマークが付いているのが『登記識別情報通知』というものです。三匹のお猿さんのマークが暗示する通りパスワード(符号)は見ないでおいて下さいね。ええ、現時点で深緑のシールは剥がさないで下さい。其処にある英数で記載された12桁の配列が権利証の役割を果たすパスワードです。ですから、万が一剥がしてしまったなら誰に聞かれてもそれを教えては(言っては)駄目なんです。」そんな頓智を利かせた言い回しもできるようになるだろう。もっとも今では互いのスマホを利用すれば映像を以て瞬時に原本確認ができるし、QRコードを活用して解説文や注意喚起を付すこともできるのだけれども。
難しいことをできる限り分かり易く説明しようとする我々(不動産仲介人)とは対照的に役所や法曹界に属する人々はどうも「棲む世界が違うのだ。仕事の次元が異なる!」と言わんばかりに難しいことを難しく、時には簡単なことさえ難しく表現するきらいがあるように思えてならない。コラム№89(整合性)で「やると言ってやらない人」は良くないと申し上げたが、できる改革・改善をやろうとしない(やれるのにやらない)のはもっと良くない。
このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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