
思うところ219.「長生きリスク」
<2026.5.15記>
幼い頃、祖母の話を小耳に挟んで「ぽっくり寺」なる奇妙な呼称の寺の存在を知った。当時の幼い私の精神年齢では理解不能な会話だったが強い違和感を覚えたからこそ今も記憶に残っているのだと思う。「神仏に祈願すべきは唐突な『死』でなく『生(長寿)』では?」と疑問に感じた次第である。今考えれば祖母は孫(私)を傍らにして友人達と観光地の話で盛り上がっていただけだったのだと思うが母を亡くした直後の私は祖母まで失うことに怯えていたのかもしれない。今の私(61才)ならその心情がとても良く理解できる。「ぽっくり」は忌むべき不幸をも笑い飛ばそうとするユーモラスな言葉遣いだと思うがその表現には自尊心と思いやりが複雑に入り混じっている。病気や痴呆で苦しまずに安らかな最期を迎えたい、何としても家族に迷惑を掛けたくない、それは至極自然な願望なのだと思う。
無論、長生きが喜ばしいことであることは間違いない。だが、長生きに伴う危機管理が重たい課題になっていることも事実である。「長生き」と「リスク」を結びつければ幸と不幸が隣り合わせになる造語となってしまうが、所謂「長生きリスク」の対策が併せて必要であるということだ。その危機管理を若者がご年配の方に向かって無神経な物言いをすれば角が立つこともあるだろう。私も還暦過ぎてようやく話題にし易くなった気がする。それでも不動産業に携わる限り、申し上げにくいからと言って「長生きリスク」に触れないわけにも行かない。紙面の都合もあるので事例を三つに絞って紹介しておこう。①老朽化著しいマンションを購入する場合、②残存期間が少ない定期借地権付マンションを購入する場合、②自宅を売却してリースバック契約する場合、である。
<老朽化著しいマンションを購入する場合>
殆どの金融機関が住宅融資の最長期間を35年としている。例外的な超長期貸付として若者向けに借入期間50年の住宅融資も登場した。それらは完済時を満80歳とすることで過剰貸付を抑制している。年齢を重ねるに従って購入資金の頭金比率を高くせざるを得ない仕組みになっているのだ。終の住処を探すにあたり、エリアも広さも譲れない、そうかと言って老後資金を全額投入するわけにも行かない、だから予算は絶対条件、そんな時に妥協できる検索条件は築年との結論に至り易い。だが、建物にだって寿命はある。よって、全額自己資金で購入可能な物件に拘る余り高齢者が老朽化著しい物件を選択することは避けるべきだと思う。長生きすればする程に晩年は建替協議に巻き込まれる確率が高まるからだ。認知力が衰えてから喧々諤々の建替協議に参加するのは肉体的にも精神的にもきついと思う。建替協議に出席しても今更引越しをしたくない、或いはできないという自己都合のみにも拘らず声を荒げて「建替断固反対!」と主張しかねない。そういった合理的判断を阻害する頑迷な態度は老害と揶揄され、そのコミュニティで孤立してしまう恐れがある。そうならぬように終活としての断捨離を実行できるならば、高齢者が本来妥協すべきは築年よりも広さの方なのではないだろうか。まぁ、家選びは十人十色の優先順位があって当事者の専権事項であるのだが・・・。
<残存期間が少ない定期借地権付マンションを購入する場合>
定期借地権付マンションは新築発売時から安値傾向にある。また、残存期間が少なくなるにつれて更に安くなる。発売当初から建物解体時期が決まっているからだ。つまり、資産価値は長い時を掛けて無価値(0円)に向かっていくのである。されど自宅を財産として遺す必要の無い人にはとても魅力的な商品企画である。だが、割安だからと言って定期借地期間が残存30年の物件を60歳の人(平均余命:男性約23.6年/女性約28.9年)が、残存期間20年の物件を70歳の人(平均余命:男性約15.6年/女性約19.9年)が、残存期間10年の物件を80歳の人(平均余命:男性約8.9年/女性約11.8年)が終の住処として買うとしたら長生きリスクが伴うことを覚悟しなければならない。そもそも神様でもないのに自分は老い先短いと悲観的な決めつけをするのは良くない。厚生労働省発表の令和6年時点での日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳である。人生100年時代が到来しつつある。とかく平均寿命(0歳児の平均余命)ばかりが注目されるがより重視すべきは年齢毎の平均余命である。厚生労働省が発表している簡易生命表が大いに参考資料となるので是非閲覧してみて欲しい。そして最も重視すべきは健康寿命(定義:ある健康状態で生活することが期待される平均期間≒平均寿命から「健康上の問題で介護や支援が必要な期間」を除いた期間)であることを忘れてはならない。
<自宅を売却してリースバック契約する場合>
自宅を売却して大金を手にする。しかも賃料を支払えばそのまま住むことができる。大雑把に言うとそれがリースバック契約の仕組み。しかしながら、一般的には使い切れぬ程の大金であっても何が起こるか分からないから老後の余裕資金は充分に確保しておかざるを得ない。例えば極端なインフレで貨幣価値が収縮してしまうかもしれない。例えば激甚災害で想定外の経済的損失を被ることだってあるだろう。例えば先進医療に頼らざるを得ない大病をして高額医療費の負担に喘ぐことが考えられなくもない。そう考えると大金があっても使うことは意外と躊躇してしまうものだし、予測不能な死期に合せて丁度使い切ることなど不可能に近い。何にしても家賃を支払い続けなければならない重圧に苛まされることになりかねない。ついでに犬猫の長生きリスクにも少し触れておこう。自宅のリースバック契約を選択する人には愛犬・愛猫の為に高齢者施設に入所できないと考える人がいる。だが、犬猫も20年超生きることが珍しくもない時代となった。だから、ご高齢の独居老人が犬猫を小さいうちから育てようとする時は自分にもしもの事があったらどうするか(誰が犬猫の面倒をみるか)を冷静に考えておかねばならないと思う。無策のままの飼育すれば自分の亡き後は愛しい相棒を路頭に迷わせることになりかねない。
耳障りな話ばかりで申し訳ない。因みに令和4年時点での日本人男性の健康寿命は72.57歳!うっ、私と同世代の健康余命はあと12年程度か?そんな馬鹿な・・・。いやいや、生まれてから一度も大病をしたことはなく、社会人になってから一度たりとも病欠したこともない丈夫が取り柄の私にはその歳で介護や支援を受ける己の姿をイメージすることはできない。それでも健康寿命の統計(客観的データ)を目の当たりにすると私の心も少しざわつく。

このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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