
<2026.6.12記>
売買仲介を行う宅地建物取引業者の大半が物元主義であるといっても過言ではない。物元主義とは売主の信任を得て専任(コラム№220「媒介」参照)の売主側窓口(=物元業者)となり、売却物件をグリップした方が確実な利益となる(業績は向上する)という考え方。物元業者に対して買主側の仲介会社を客付業者と称するが客付主義という言葉は耳にした覚えがない。(その一方で賃貸業界は客付を専門に行う仲介会社は多い。)優良物件(売筋物件)には自ずと購入希望者が集まり、購入希望者を沢山抱える仲介会社には自ずと売却相談者が集まる。つまり、「売り」が「買い」を、「買い」が「売り」を呼ぶ生業なのである。その無限連鎖の起点が「売り」にあることは紛れもない事実だろう。
しかしながら、度を越えた物元主義は困りもの。愚かにも後先を考えずに専属専任媒介を獲得することのみを最優先、売主に忖度する余り買主を蔑ろにするようでは仲介人として失格である。残念ながら相場を逸脱した高値査定は今も尚横行している。だが、成果が伴わない巧言令色に仁は鮮(すくな)い。その点は今一度コラム№1(矛盾)をお読み頂けると幸いである。相場はあくまでも需要と供給のバランスで決まる。価格は仲介会社が決めるものではなく、査定は私的な分析に過ぎない。ましてや競合他社を蹴落とす為だけの高値査定やその場凌ぎのぎのオーバートークは売主にとって結果的に利益とはならない。(むしろ時間的には損失)虚言を以て自らも時間・経費・労力を浪費、売主に無駄な遠回りをさせる負の連鎖を生み出してはならないと思う。
私が嘗て勤めていた不動産会社(S社)の話題になるとお客様や同業者の表情が曇ったり、険しくなったりする場面に過去幾度となく遭遇している。昭和、平成時代の過ぎたる物元主義と過ぎたる成果主義の後遺症のようなものだと思う。私にしてみれば迷惑千万、言われ無きとばっちりである。私の在職中のスローガンは「顧客第一主義」だったが・・・。囲い込み(コラム№36参照)か?ある日の契約の場でお客様があまりにも私の古巣を毛嫌いするので理由を尋ねてみた。お客様曰く「昔ね、S社○○営業センター(担当者A)で購入申込をした時のことさ。そりゃ、買主の立場だから色々お願い事だってするでしょ。でもね、Aって奴は売主に交渉しようともしないで全てNO!なのよ。その無礼な物言いに頭に来ちゃってさ、『君はどっち向いて仕事してんの?』って聞いてみたの。そしたらさ、僕(買主)に向かって平然と『売主様です!』って言い放ったんだよ。」私はその話を聞いて真相はもっと深い闇の中にあると思った。Aは敢えて破談にしたかったのかもしれない。だが、これ以上は憶測で語れない。(コラム№154「BM事件」参照)
当社を設立して間もない頃だった。私は「売主の味方」を喧伝する仲介会社(物元業者)の若い営業マン(B君)を客付業者の立場から厳しく叱責したことがある。なぜなら、商談が纏まって重要事項説明書と売買契約書が完成し、売主・買主双方がその内容に納得して契約日時・場所までを確定させておきながら契約予定日の前々日になって「他社から満額で買付が入ったから契約をキャンセルさせて貰いたい。」との理不尽な申し入れがあったからだ。契約直前の所謂「ドタキャン(土壇場キャンセル)」である。売渡承諾書等の書面こそ交付されていなかったものの、売主側に道義的な問題があることは明白だった。多額の手付金を既に準備していた買主に対しては諾成契約という民法上の観点から法的にも問題があったかもしれない。
ところがその険悪なやりとりはその翌日急転、笑い話に終わる。「すみません、出鱈目な満額買付でした。やっぱり御社のお客様と契約させて頂きたいのですが・・・。」B君は今にも消え入りそうな声で恐る恐る私に電話してきた。実を言うと私にはそんな結末になるのではないかとの予感もあった。だから、憤る顧客(買主)に「今は割り切って静観しましょう!このタイミングで唐突に満額・無条件(相場を逸脱した高値)の買主が現れるのはあまりにも不自然です。それに買いたい人が買える人とは限らない。少なくとも怒るだけ損ですから。」私は買主をそう宥めて紛争に発展するのを押し留め、復活案件となることに一縷の望みを残しておいたのである。お客様との信頼関係があればこそ出来た説得だった。通常ならこの手の買主の行き場の無い怒りの矛先は容赦無く客付業者に向けられる。
「御社は本案件においては物元なんだから『売主の味方』は構わない。だけど約束を平然と反故にするような『買主の敵』であってはならないだろ!」と社外の者が他社の営業マンばかりかその上司までも叱責(説教)する言動、それはあってはならない越権行為だったかもしれない。今時は自分の部下に対してですらパワハラになりかねないと思う。だが、誠は通じるものだ。10年以上の時を経て、ある契約の場でB君に出くわした。私が再生再販案件の仕入契約に出向いたその仲介会社が偶然にも彼の転職先だったのである。彼はその案件の契約担当者ではなかったが私の名を耳にしてバックヤードから飛び出してきた。「覚えてくれていますかぁ?あの時のBです!」彼は当時のドタバタ劇では秘めていた胸の内を懐かしそうに笑顔で語ってくれた。

このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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