
キーワード別検索

<2026.10.13記>
真のファインプレーは見えない(気付かれない)もの。誰にでも認識できるナイスプレーや目立たんが為のスタンドプレーと明確に区別すべきである、そうコラム№2(ファインプレー)で述べた。(此処で言うところの「プレー」は「営業」と読み替えて頂きたい。)よって、本コラムはその後編にあたる。

<2026.10.1記>
私にとって10月は感慨深い特別な月である。宅地建物取引業者としての事業開始は免許を取得した2010年(平成22年)11月だが会社を設立したのはその前月(10月)だからである。要するに宅地建物取引業者としての当社のスタート地点は免許取得日の11月22日にあるが、人(自然人)で言うところの誕生日については会社設立日の10月12日とする方がしっくりくるのである。言い換えれば、当社は2010年の10月12日に産声を上げて翌月22日には初歩きをし、一度も病に罹ること無く元気に育って今月満16歳を迎えるということ。人ならまだ少年期と言えるが法人の16年目(17期目)ならもう壮年期と言っても良いだろう。因みに当社の宅地建物取引業免許は4度更新している。たかが4度の免許更新(2016年3月までは3年毎更新だった。以降は5年毎だから更新回数の進捗は少しもどかしい。)と言う勿れ、宅建免許番号(1)のまま消え去る同業者は実に多い。だから、会社設立記念日に何するわけでもないが素直にHappy Birth Month!と思いたい。

<2026.2.14記>
不動産のバブル期入社世代が還暦を迎えて「あんこ商売(コラム№3参照)」なんぞ今や死語。されど今も昔も建築用語で言うところの「ハト小屋」は愛玩動物としての鳩を飼うための小箱でないことに変わりはない。

<2026.1.5記>
謹賀新年。本日が令和八年(2026年)の仕事始めになる。和暦の「八」は字体が末広がりでとても縁起が良い。干支の組合せでは43番目、60年に一度の丙午(ひのえうま)の年にあたる。

<2025.2.1記>
私は30年以上前から幾度となく、「(原則として)売れないものなどありません!」と断言してきた。それは傲慢な気持ちから発せられた放言ではなく、売主の不安を払拭する為の巧言でもなかった。相場は需要と供給の一致するところで自ずと形成されるから売主と買主に歩み寄りの気持ちさえあれば売れないものはないとの市場原理を述べていたに過ぎない。

<2025.1.2記>
謹賀新年。本コラムを書き始めた平成29年から数えれば8回目の、当社の設立(平成22年)から数えれば15回目の、私が社会人となった昭和63年を起算に数えれば37回目の賀詞を述べることになる。それは不動産業に従事すること37年目ということでもある。
.jpg)
<2024.10.1記>
我々(不動産会社)の仕事は、仕入れた(取得した)不動産に何らかの付加価値を産み出してこそ大義のあるものとなる。仮に安値で仕入れることができた不動産が何もせぬまま高値で売れたとしても、それは投機的な売買と見做されがち、俗に言えば「不動産転がし」と揶揄されかねないのである。我が国には過去バブル経済崩壊の苦い経験があり、「不動産転がし」に対しての銀行の目(≒金融庁の指導)は厳しい。

<2024.8.10記>
成功を重ねるある個人投資家に不動産を売買するタイミングの決め手について意見を求めたところ、「渡り鳥は然るべき時期に然るべき方角に旅立つ。それと同じで売買の決断は本能の赴くまま」とのやや拍子抜けのする回答があった。

<2024.6.1記>
「新築同然!購入後3年間一度も使っていませんから!!」それが恰もセールスポイントであるかのように胸を張る人がいる。(意外にも同業者に多い。)厳密に言えばそれは間違いである。むしろ、「家は(長期間)使わないと傷むもの」と考えるべきであり、ほったらかしにしておいた住戸を売却直前に清掃、見栄えだけを整えて高値で売り抜けようとするテンバイヤー(転売屋)のやり方は邪道に思えてならない。完全未使用状態が5年ともなれば見た目とは裏腹に内部では僅かながらも他住戸より劣化が進んだ可能性を疑うべきである。
<2023.12.12記>
前回、前々回のコラム(回顧録Ⅰ、Ⅱ)で語った小規模な新築分譲マンションの完成販売現場の舞台裏のお話。時は1990年代半ば、師走の今頃(12月半ば)のとても寒い週末だった。その週末が購入申込の先着順受付開始日だったのだが、図らずも私は前日から一睡もせぬまま棟内の仮設事務所に待機して上司と後輩の出勤を待つことになってしまった。それは今時のコンプライアンスに照らせば褒められるどころか「無断残業・無断出勤」のお咎めを受けかねない独善的な行動だった。

<2023.12.1記>
前回のコラム(№159)で語った新築マンション完成在庫一掃作戦の終盤(1990年代半ば、霜月から師走に掛けて)、建前上は売れ残り2現場を完売した「ご褒美」として、そうではない手付かずの(=価格未発表段階の)新築現場を管理職1名、営業職は私と後輩の若手2名だけで任されることになった。

<2023.11.13記>
1990年代半ばの今頃(会社員時代)、30才を過ぎたばかりの私は通い慣れた本社(所在:新宿区)を離れ、郊外の新築マンションの販売現場で完成在庫(売れ残り)の一掃作戦に従事していた。私が所属していた法人営業部(法人向け仲介部門)のほぼ全員が新築部門(親会社を事業主とする販売代理部門)に異動して仲介経験者のみで販売に携わるという異例の人事(短期「特販チーム」の編成)だった。