
<2025.12.1記>
読者の冷笑が目に浮かぶ。あまりにもベタな展開であるから今回のコラムのタイトルが何になるかは既にお察しのことだと思う。それにもめげずに前回のコラム№207封水(ふうすい)に続く今回のコラムは風水(ふうすい)としたい。
同じ読みでありながら封水は排水管の途中や排水口に一定量溜めておく臭気を食い止める水の蓋のことであってそれは建築用語の一つに過ぎない。今回取り上げる風水とは中国発祥の「気」の調和を重んじる生活の知恵(学問?)であり、それを不動産購入の決め手にする人は多く明らかに次元が異なる。前回のコラムの冒頭でもその様に述べた。風水のレベルともなれば知恵と言うよりも、怪しげな占いと一線を画す為にも哲学や思想に分類すべきかもしれない。
不動産の見学や建築の打合せの場に風水師(風水に関してのアドバイザー、例:風水ブームの時にTVで大活躍したDr.コパさん)を同席させたり、風水尺(別名:魯班尺/ろはんしゃく、古代中国の大工:魯班が考案したと言われる物差しのこと)と言われる風水専用のメジャー(挿絵右上段参照、)を持参したりする人は熱烈な風水信奉者と見て間違いない。風水師は運気(運勢)を良くする為に方角・間取り・色の良し悪しを判断したり、災いを避けたり開運に導く為の助言を相談者に対して行なう。風水尺(魯班尺)は物の大きさや長さの吉凶を確認して改善・是正する為の道具。因みに上段の目盛りは門公尺(=もんこうじゃく、単位5.4㎝刻み、記載された文字は「吉」が財・義・官・本、「凶」が病・離・却・害)でこれが我々の仕事に関係深く建築建物寸法を測る為に使う。下段は丁蘭尺(=ていらんじゃく、単位3.88㎝刻み、記載された文字は吉が丁・旺・義・官・興・財、「凶」が害・苦・死・失)でこちらは墳墓の寸法を測る為に使う。どちらも赤い目盛りは「吉」で黒い目盛りは「凶」を示す。
不動産は大きな買い物だからこそ迷った時には誰もが心の拠り所を求める。我々も然程の考えを持たずして「では、売買契約締結日は大安吉日にしましょう!」と提案することは間々ある。読者も親戚・知人の同調圧力を感じて我を通せぬまま「結婚式を仏滅に挙げるのはちょっと・・・。」とか、「葬式は友引を避けないとね。」などと理由も良く分からぬままに暦注(=れきちゅう、暦注の多くが陰陽五行説と干支に基づく)の一種、六曜(=ろくよう、りくよう)を口にした記憶があると思う。六曜は時刻や方位で吉凶を判断できることから他人と足並みを揃えることを重視、もとい、和を以て貴しとなすことを重視する日本文化に見事なまでに定着して冠婚葬祭に多く用いられるようになった。それもまた中国発祥(鎌倉時代頃?伝来、幕末以降に広まる。)のはずだが私の知る限りにおいて中国人は風水程には六曜を気にしていないように感じる。
そう言えば儒教も中国発祥なのにどちらかというと日本人、特に韓国人の方が儒教の教えの影響を色濃く受けているような気がする。(例えば年長者を敬う「長幼の序」、韓国ドラマを見ていると「先輩ですか?後輩だろ?」のセリフがやたらと多い)余談となるが仏教はインド発祥なのに私は仏教徒のインド人に出会ったことがない。キリスト教国の現スペインが8世紀から約800年もの長きに渡りイスラム国家であったのは驚きの事実である。帝政ロシアの末期には霊的指導者として皇帝をも思うがままに動かしたと言われる怪僧ラスプーチンがいた。そして昨今の日本人はキリスト教徒でもないのにクリスマスを盛大に祝う。渋谷のハロウィンはもはや奇抜なコスプレ大会、仮装行列の様相を呈しており祭りの趣旨が何だか分からなくなっている。心の拠り所とは意外な伝播や変化・変貌を遂げるものだ。
さて、ご存じだろうか。江戸の都市計画もまた中国発祥の陰陽五行思想(漢の時代には国家統治理念)の影響を受けている。その思想を起源とする天文学や暦を駆使して吉凶を占う技術体系が陰陽道(おんみょうどう)である。その助言者が陰陽師と呼ばれ、日本においては平安時代の安倍晴明の知名度が高い。あまりにも現実離れしており誇張された感は否めないが彼の伝説的な逸話で映画ができたくらいだからご存じの方が多いと思う。江戸の都市計画に携わったのは徳川家に仕えた天台宗の高僧である南光坊天海(陰陽五行思想と風水の知見を有する大僧正、当時としては稀有な100歳超の天寿を全うした人)彼は江戸の鬼門(北東の方角、邪気の入口)に位置する上野に寛永寺を創建、裏鬼門(南西の方角、邪気の出口)に位置する芝に増上寺を移転させることで邪気(魔)の江戸侵入を封じることを幕府に進言した。徳川家康を神仏習合の考え方に基づき、神号を東照大権現(権現=仏や菩薩の仮の姿)として朝廷と同格に神格化できたのは彼の発言力によるところが大きい。東照を訓読みすると「アズマテラス」、日本神話の天照大神の「アマテラス」の読みに酷似しているのは偶々ではないだろう。穿った見方をするならば、彼の深謀遠慮からの提言だったと思えてならない。(神号「権現」に猛反対する老中の本多正純が推した神号は豊臣秀吉と同じ「明神」だった。)
思想・宗教・占術・学問等々何を信ずるか、それはその人の自由である。だから、仲介人たる私は固定観念に囚われず基礎知識の習得に努め、できる限りを理解して依頼人の気持ちに寄り添うことを心掛けている。各分野の助言者は相談者の背中を強力に押してくれることもあれば、我々の商談の前に大きく立ちはだかることもある。だが、私はその結論を尊重して無理に抗うことはしない。それはそれで紛れもなくその人の尺度であり、決め手の一つなのだから。
しかしながら、朝出掛けに「本日の貴方の運勢!」みたいな(少しチャラい)コーナーを見かけた時、本日○○座の人は~とか、本日血液型○型の人は~とかの後にあまりにも事細かなラッキーアイテムや食べ物まで断定されると流石に苦笑いしてしまう。思わず左脳(コラム№206「理系or文系」参照)が活発に働き、「出典は?根拠は?」と口に出さないまでも疑問に感じてしまう。それでも「これを信じて勇気づけられる人もいるんだろうな」と思い直して家を出る。占いの力を借りたとしても「今日の自分は運勢が良い」とか「今日はこれを警戒すれば大丈夫!」などとプラス思考の自己暗示をかけることも処世術のうちだと思う。今回のコラム、個人の信条に拘るデリケートなテーマゆえ、罰当たりと指差されかねない程ニュートラルな思考の私(コラム№70「コモンセンス」参照)は、今回ばかりは思うところを多くは語らず、冷笑を浴びるに始まり苦笑するに終わる。

このコラム欄の筆者
齋藤 裕 (昭和39年9月生まれ 静岡県出身)
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