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<2026.7.14記>
貴方が想定外の事件・事故に遭ったものの、損害が保険金で補償されたらどう思う?「あぁ、保険に加入しておいて良かったぁ。」そんな風に心情を吐露するのが一般的ではないだろうか。窮地が保険で救われた時の安堵する気持ちはとても良く理解できる。だが、本来は保険が適用されるような事件・事故は起きないに越したことはない。だから、「問題なんか何も発生しやしない。今までの保険料支払いは全くの無駄だったな。」と少し不満を覚えるくらいの方が実は幸せなのである。

<2026.6.1記>
本コラムの挿絵は食用(ショクヨウ)のバイ貝(ばいかい)の写真、本コラムのテーマは職用(ショクヨウ)の媒介(ばいかい)である。しょうもない駄洒落に始まる書き出しをどうか笑ってお許し頂きたい。さて、此処からは真面目なお話。本日の思うところは媒介(媒介契約)について。不動産仲介業務は媒介契約を結ばずしては成り立たないことは言わずと知れたこと、「今更?」の感がある程に基礎的なテーマだ。不動産取引に豊富な知識と経験のある玄人跣の御仁には読むに値しない内容だと思うが初めて不動産を売買・賃貸する人には自分が有する媒介の選択肢とその特徴を正しく知っておいて貰いたい。

<2026.4.1記>
本日(4月1日)を以て殆どの学校が新学期入りをする。また、4月1日を事業年度の始期とする日本企業は実に多い。7月を決算の〆月とする当社は少数派だと思うが、確定申告で多忙な時期を〆月にすれば顧問税理士に余計な負担が掛かってしまうからそうしたまでのことである。当社の事業年度の始期はともかく、入園式・入学式・入社式、どの日取りについても桜の花が美しく舞い散るこの季節こそが晴れの舞台に相応しいと大半の日本人が考えているのではないかと思う。だが、農耕民族であった日本人ならではの規則性かと思いきや、意外にも3月を終期、4月を始期とする慣習は明治時代の国家財政の赤字転落の回避を目的とした苦肉の策がきっかけらしい。

<2026.2.14記>
不動産のバブル期入社世代が還暦を迎えて「あんこ商売(コラム№3参照)」なんぞ今や死語。されど今も昔も建築用語で言うところの「ハト小屋」は愛玩動物としての鳩を飼うための小箱でないことに変わりはない。

<2026.1.15記>
何としても掘り出し物を手に入れたい!そう考えるのは当たり前と言えば当たり前の願望。社会的動物である人間が他人と相対比較してより良いものを手に入れたいと願うのは偽らざる本音、いや、本能と言うべきだろう。因みに不動産取引におけるその多くが割安感(お得感)を求めるもの。そうでなければ得難い好立地が絶対条件であったり、時としては単なる無いものねだりの類いであったりする。

<2025.9.16記>
当社の仕事は不動産の賃貸・売買に関して件数だけで言えば仲介業務が多いのだが、収益構造からすれば自らが当事者となって行う不動産売買による売り上げが大きく、売買に付随する賃貸事業(保有資産の収益化)の安定度、確実性が高い。つまり、売主(再生再販)や貸主(賃貸事業)の立場であることもあれば、買主(リノベーション事業の仕入れ・顧客からの要請による代理取得)や借主(転貸事業)の立場にもなる多角的ビジネスモデルである。よって、二刀流の仕事どころではない。八面六臂の営業姿勢を以てあらゆる立場に身を置くからこそ良く分かる。高く売りたい売主と安く買いたい買主(又は「高く貸したい貸主と安く借りたい借主」)、不測の事態に少しでも修理費を抑えたい貸主と過剰なまでに完璧な修理を要求する借主、立場の違いによる「温度差」はいつも大きいと感じる。

<2025.8.18記>
此処は不動産会社のコラム欄である。だからタイトルにある二八(にはち)とは蕎麦粉とつなぎの配合比率を語るものではないことは言うに及ばず。我が国では多くの企業が八月半ばの一定期間を一斉休暇(夏季休暇、お盆休み)とする。当社においては本日がその連休明けの初日である。私が二八蕎麦の講釈を垂れる筈もなく、二八の二は二月(如月)、八は八月(葉月)で商売上の二八(にっぱち)、所謂「二八の法則」、「ニッパチ景気」についての思うところ。

<2025.7.1記>
コラム№10(常識)でも述べたが我々の常識など実に儚く脆いもの。リノベーション事業に携わっているとそれを痛感させられることが多い。住まい選びに関して言えば、設備・仕様・間取り・色調&デザイン等々、いつの時代にもトレンド(流行)に変化があるのは当たり前のことだと思うが基本的なことは疎か不変と思い込んでいた原理原則の類いまでもが根底から覆ってしまうことには驚かされるばかりである。

<2025.6.2記>
当社が入る岩崎ビル(所在:日本橋茅場町1-11-6)の共用部(通路・共用トイレ)の照明につき、LED照明への交換工事が先々月(4月)をもって無事完了した。当ビルの専有部(貸室部分)は随分前からLED照明に交換済であったが共用部に関しては昔ながらの蛍光灯のままであった為、本体(特に安定器=電流を一定の値に安定させる装置)の劣化が進むにつれて蛍光灯を新品に交換してもすぐには点灯しなかったり、チカチカと点滅し始めたりする不具合も多発しており、そんな薄暗い通路では来訪者に悪い印象を持たれるに違いないと皆が気を揉んでいた。それに当社は当ビルの賃貸管理会社でもあるから他のテナントからの苦情も寄せられる。共用部の蛍光灯からLED照明への交換は当社を含む全テナントが待ち望んでいた改良工事だった。

<2025.4.15記>
学生時代、専攻していた刑法ゼミで所属する学生が検察側と弁護士側に分かれて「未必の故意」について討論(ディベート)する機会があった。争点は「極寒の深夜に凍死することを予見しておきながら泥酔して眠り込んだ知人を路上に置き去りにした(救護をしなかった)人は殺人罪に問われるか?」だったかと思う。「未必の故意」は立証できれば過失を装う悪人を追い詰めることができる法解釈であることは認めるが、強引な決めつけは予見能力不足の人を冤罪に貶めかねない諸刃の剣とも考えられる。加害者に積極的な殺意が無かったとしても、「救護をしなかったら死ぬ」と予見できたかどうか、何らかの動機があって「死んでも構わない」とまで考えたかどうか、人が人の「未必の故意」を見極めるのはとても難しい。

<2025.4.1記>
本日は4月1日でエイプリルフール、直訳すると「四月馬鹿」、日本でも他国同様に「嘘をついても良い日」という仕掛人のセンス次第で騙された方も笑えるユニークな風習として根付いている。だが、ちょっとした悪ふざけがSNSで拡散されてその情報があたかも事実であるかのように一人歩き、時として誰も笑えぬ大事になりかねないご時世である。いっそのこと、「4(ヨ)・1(イ)」の語呂合わせで単に「良い日」、又は少し洒落て「良い旅立ちの日」に改め、入学や入社、新年度入りを祝う記念日とする方が4月1日を何かと節目や起算日とする日本の文化には馴染むのではないだろうか。

<2025.2.14記>
イーロン・マスク氏が以前より在宅勤務に批判的であったことは何らかの記事を目にして知っていた。その記事が私の目に留まったのは先進的ハイテク大企業のトップが働き方改革の一環でもある在宅勤務を全否定して出社勤務に拘るのを意外に思ったからである。第47代米国大統領に就任したドナルド・トランプが設置した政府効率化省でマスク氏が共同委員長を務めることになってその考え方がより鮮明なものとなっている。まずは連邦政府職員のリモートワーク撤廃に着手するらしい。