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<2026.6.12記>
売買仲介を行う宅地建物取引業者の大半が物元主義であるといっても過言ではない。物元主義とは売主の信任を得て専任(コラム№220「媒介」参照)の売主側窓口(=物元業者)となり、売却物件をグリップした方が確実な利益となる(業績は向上する)という考え方。物元業者に対して買主側の仲介会社を客付業者と称するが客付主義という言葉は耳にした覚えがない。(その一方で賃貸業界は客付を専門に行う仲介会社は多い。)優良物件(売筋物件)には自ずと購入希望者が集まり、購入希望者を沢山抱える仲介会社には自ずと売却相談者が集まる。つまり、「売り」が「買い」を、「買い」が「売り」を呼ぶ生業なのである。その無限連鎖の起点が「売り」にあることは紛れもない事実だろう。

<2026.6.1記>
本コラムの挿絵は食用(ショクヨウ)のバイ貝(ばいかい)の写真、本コラムのテーマは職用(ショクヨウ)の媒介(ばいかい)である。しょうもない駄洒落に始まる書き出しをどうか笑ってお許し頂きたい。さて、此処からは真面目なお話。本日の思うところは媒介(媒介契約)について。不動産仲介業務は媒介契約を結ばずしては成り立たないことは言わずと知れたこと、「今更?」の感がある程に基礎的なテーマだ。不動産取引に豊富な知識と経験のある玄人跣の御仁には読むに値しない内容だと思うが初めて不動産を売買・賃貸する人には自分が有する媒介の選択肢とその特徴を正しく知っておいて貰いたい。

<2026.5.15記>
幼い頃、祖母の話を小耳に挟んで「ぽっくり寺」なる奇妙な呼称の寺の存在を知った。当時の私の幼い精神年齢では理解不能な会話だったが強い違和感を覚えたからこそ今も記憶に残っているのだと思う。「神仏に祈願すべきは唐突な『死』でなく『生(長寿)』では?」と疑問に感じた次第である。

<2026.2.14記>
不動産のバブル期入社世代が還暦を迎えて「あんこ商売(コラム№3参照)」なんぞ今や死語。されど今も昔も建築用語で言うところの「ハト小屋」は愛玩動物としての鳩を飼うための小箱でないことに変わりはない。

<2026.1.15記>
何としても掘り出し物を手に入れたい!そう考えるのは当たり前と言えば当たり前の願望。社会的動物である人間が他人と相対比較してより良いものを手に入れたいと願うのは偽らざる本音、いや、本能と言うべきだろう。因みに不動産取引におけるその多くが割安感(お得感)を求めるもの。そうでなければ得難い好立地が絶対条件であったり、時としては単なる無いものねだりの類いであったりする。

<2026.1.5記>
謹賀新年。本日が令和八年(2026年)の仕事始めになる。和暦の「八」は字体が末広がりでとても縁起が良い。干支の組合せでは43番目、60年に一度の丙午(ひのえうま)の年にあたる。

<2025.12.15記>
早いもので令和7年の師走も月半ばとなった。除夜の鐘が厳かに鳴り響くであろう大晦日も近い。煩悩の数だけ梵鐘を撞いて邪気を払う神聖なるお勤めは師(僧)と参拝者にお任せするとして私は本年の締め括りに今一度世間に向けて警鐘を鳴らすとしよう。コラム№55(憂い)を読み返して頂ければお気付きになると思うが遅ればせながらその続編となる。もっとも、私が鳴らすのは喧しい程に激しく鐘を叩く音ではなく、不動産登記に関する問題点を憂慮する業界人が静かに呟く本音(問題提起)に過ぎない。

<2025.12.1記>
読者の冷笑が目に浮かぶ。あまりにもベタな展開であるから今回のコラムのタイトルが何になるかは既にお察しのことだと思う。それにもめげずに前回のコラム№207封水(ふうすい)に続く今回のコラムは風水(ふうすい)としたい。

<2025.11.12記>
不動産業で「ふうすい」と言えば大抵の人が思い浮かべる漢字は「風水」であると思う。それは言わずと知れた中国発祥の「気」の調和を重んじる生活の知恵(学問?)みたいなもの。それを不動産購入の決め手にする人は沢山いる。だが、この度取り上げる「ふうすい」は漢字で表すと「封水」の方。どちらかと言えば不動産の管理に携わる人が使う用語だと思う。残念ながら同業者であっても不勉強の人が多いのかこの用語の認知度は低い。

<2025.11.1記>
これはあくまでも「理系OR文系」の話であって「理系VS文系」の話ではない。それぞれの特性を有する人については敵対する関係にあるわけではないし、ましてや特性の優劣を問うものではないことを予め申し上げておく。今回の内容はコラム№153で紹介した「役立つ性格分析」の続編的テーマに近い。

<2025.10.15記>
今回のコラムのタイトルにある「消えゆく」はこの後に述べる権利証の制度廃止とその紛失の両方に紐付けた言葉である。通称:権利証は登記が完了すると法務局から登記申請者に交付される書面。所有者が誰であるかを示す大切なものであることは言うまでもない。「登記済証」「登記済証書」「登記済権利証」「登記済権利証書」と呼称にばらつきがあって紛らわしいがどれも同じものを指している。

<2025.7.16>
随分昔の些細なやり取りにも拘らずなぜか記憶に残るお客様の呟き。海外を舞台に活躍した弁護士資格を持つ元商社マンがご自身の投資を目的に日本国内の不動産を購入するにあたり、私と売買契約の最終打合せをしていた時のこと。その人はA3サイズ両面唯1枚で構成された売買契約書の雛形(ごく一般的な書式)に目を通した後、「これじゃ(この書式では)、海外の取引では通用しないなぁ。」と溜息交じりに本音を漏らしたのである。コラム№37(抜き行為)の末尾でも紹介した「定め無き事項は信義誠実のもと協議解決する。」という趣旨の曖昧な表現を嘆いての指摘だった。個人的には我が国ならではの誇らしい結びだと思っているが、白か黒、Yes or Noを明確にする海外の取引では通用しない条項であることは耳が痛くとも紛れもない事実であると思った。